己のコスモを抱いて生きる 後藤光雄(葆里湛シェフ) 奥田政行(アル・ケッチァーノ オーナーシェフ)

庄内地方の田園が見渡せる本店に、全国の食通が足を運ぶアル・ケッチァーノ。シェフの奥田政行氏は地場食材を使った独自のイタリアンを発信、山形県鶴岡市を「ユネスコ食文化創造都市」認定へ導いた立役者である。その氏が師と呼んで憚(はばか)らないのが、世界初の遠赤外線による調理法を確立した後藤光雄シェフだ。30年来の師弟関係にある両氏から、技術と精神の伝承、師資相承の真髄を探る。

人のコピーをしても責任は自分が背負うしかありません。多くの人はそのリスクすら負いたがらずにコピーばかりして、結果失敗しても人に責任転嫁してしまう。これが自分自身を一番傷つける

後藤光雄
葆里湛(ホリタン)シェフ

〈奥田〉
きょうは僕が駆け出しの頃に薫陶を受けた後藤シェフが香港に新店をオープンされるにあたって、山形から豊洲まで車を走らせて、香港での仕入れの打ち合わせをしてきました。

シェフと一緒に店に立つ僕の弟子とも入念な打ち合わせができましたし、『致知』の取材をこの日にしてもらえて本当によかったです。

〈後藤〉
そうだね。昨日から一睡もしていないみたいですけど。

〈奥田〉
はい。きょうでないと時間が合わないので、夜12時半に山形を出て徹夜で来ました。

それはそうと、先月は鶴岡のアル・ケッチァーノまでお越しいただいて、ありがとうございました。

〈後藤〉
別件で会う予定だったのに、前日かな? 「ちょうど入社式もあるので、新入社員に軽くお話をしていただけますか」と言われて、お店に着いてドアを開けたら、いきなり奥田シェフからマイクを渡された。

〈奥田〉
皆に「僕の師匠が来ました」って(笑)。

〈後藤〉
準備できていなかったから、18歳くらいの子たちを前に、思いついた話をしました。僕自身が若い時から料理人として意識してきた、目標の持ち方ですね。

僕は今年で料理人になって52年、この7月で古希を迎えます。これから香港に店を開いてチャレンジしようとしています。ふと、自分たち料理人が納得するゴールって何だ、と考えました。10年、20年、30年……70歳で俺はまだ満足していない。ああ、料理人にゴールはないんだと、ようやく気がついたんです。

好きにならないと吸収できません。拒否すると絶対ダメです。修行時代は、なんでここで怒られるんだろう、って一回全部受け止める。自分で飲み込むことが大事

奥田政行
アル・ケッチァーノ オーナーシェフ

〈奥田〉
なんで後藤シェフにスピーチを頼んだのかというと、入社式のテーマは〝修行〟、何のために修行するのか、でしたから。

僕は、自分の考えを形にする技を学ぶことを〝修業〟だと考えています。〝業〟は生業(なりわい)の業、料理人の技術のことです。じゃあ〝修行〟はどういう意味か。〝行い〟を修める、心を磨いて人として成長することです。修業するうちに修行できるようになるんです。

それを若い僕に教えてくれたのが後藤シェフでした。昔の思い出を聞かれた時、必ず話すのは、生きるか死ぬかだったあの修行時代のことです。戻りたいとは思いませんけど、そのおかげでいまがあるんだと、僕は思っています。

~本記事の内容~
■料理人にゴールはない
■修行には段位がある
■好きになれば吸収できる 呼吸も目で見える
■チャンスを掴み、引き上げられるコツ
■俺はきょう 自分に戻ろう
■「ここにコスモがあるんだよ!」
■故郷を照らす光を求めて
■師の志を継いで新たな旅へ
■時代が求める師資相承

手加減なし、遠慮なしの本気のぶつかり合い――後藤さんと奥田さんの師弟関係に、仕事をはじめ実人生に通ずる大事なことを教えられます。

プロフィール

後藤光雄

ごとう・みつお――昭和29年東京都生まれ。高校卒業後、東京のレストランを中心に修業を積み55年渡仏。63年「葆里湛」伊勢丹店にて低温調理遠赤外線を開発。平成7年より17年まで「ア・ヴォートル・サンテ」オーナーシェフ。25年香港「葆里湛」で低温調理遠赤外線を伝授。同店休業に伴い帰国後はパーソナルシェフとして活躍、令和6年より再開店。

奥田政行

おくだ・まさゆき――昭和44年山形県生まれ。高校卒業後、東京で7年間修業し、26歳で鶴岡ワシントンホテル料理長就任。平成12年「アル・ケッチァーノ」を鶴岡市に開店。16年より「食の都庄内」親善大使。令和元年文化庁長官表彰受賞ほか受賞多数。近著に『パスタの新しいゆで方 ゆで論』(ラクア書店)『日本再生のレシピ』(共同通信社)など。


編集後記

直接師事した期間は僅か1年半のみ。30数年を経ていまや全国にファンを持つ奥田政行シェフの苛烈な修業体験から、時間の密度、教えの価値はその人の姿勢次第で決まることを教えられます。一方、後進を大成に導くにはいかに自分の〝コスモ〟に気づかせるかが大事だと、師匠の後藤光雄シェフは説きます。師資相承の重みと本質を考えさせられる2時間でした。

2024年6月1日 発行/ 7 月号

特集 師資相承

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