藤井聡太はなぜ、恐ろしいほどに強いのか? 師匠・杉本昌隆八段が語る「一流になる人」の条件

厳しい将棋の世界で鎬(しのぎ)を削りつつ、藤井聡太八冠を筆頭に優れた弟子の育成でも注目を集める杉本昌隆さん。ご自身の体験や藤井八冠とのエピソードを交えつつ、「一流になる人の条件」とは何か語っていただきました。対談のお相手は料理評論家・山本益博さんです。※記事の内容や肩書はインタビュー当時のものです

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師・杉本昌隆が見る藤井聡太

〈山本〉 
師匠の目から見て、藤井二冠がここまで活躍する予感は、入門当初からあったのですか。

〈杉本〉 
ありましたね。これまでたくさんのお子さんを見てきましたけれども、将棋の実力は当初から際立っていました。ただそれ以上に、感情が実に豊かで、負けた時に悔しさを全く隠さないところが印象的でした。それでいて、次の勝負が始まった瞬間に何事もなかったように頭を切り替えて目の前の盤面に集中できる。才能のある子は過去に何人もいましたが、あれだけ勝負に正面から向き合える子というのは見たことがないです。

彼はよく「探求心」とか「成長」という言葉を使うんですけど、一流になろうと思って将棋をやっているわけではないという気がするんです。もちろん彼は昨年、棋聖、王位とタイトルを立て続けに二つも取って、既に紛れもない一流棋士なんですが、以前と変わらず淡々としていて、タイトルを取ったぞという満足とか驕りは全く見えてこない。とにかく目の前の一局一局に最善を尽くしたい、というのが一番の思いなんです。きょうは「汝の足下を掘れ そこに泉湧く」というテーマをいただいていますけど、いまの彼はまさしくそんな気持ちで将棋と向き合っているような気がします。

プロになれる人はわずか2割

〈杉本〉
負けた時にどう捉えるかというのは非常に大事です。最近は、負けても悔しがらない子が多いんです。「きょうは調子が悪かったから」みたいな言い訳をする子が多くて、保護者の方も「あんな強い相手に勝てるわけないよ」などと慰めている。

一方で藤井二冠は、子供の頃からものすごい負けず嫌いで有名でした。そういう意味では、負けを真正面から受け止めることが一流になる条件なのではないかなと思います。

〈山本〉 
杉本さんご自身も、いろんな悔しい思いを乗り越えてきょうまでやってこられたのでしょうね。

 〈杉本〉 
そうですね。挫折しかかったことも何度かあります。

将棋のプロになるためには、先ほど触れた奨励会で修業するんですけど、そこにアマでは敵なしの少年たちが全国から集まってきて鎬を削ります。そこで勝ち抜いて四段になると、初めて正式にプロとして認められるんですが、そこまでいける確率というのはおよそ二割なんです。つまり、8割の人がやめていく運命にある。21歳までに初段、26歳までに四段の資格を取らないと、いくら将棋が好きでも、情熱があっても、周りが認めていてもやめなければいけないんです。

 〈山本〉 
厳しい世界ですねぇ。

 〈杉本〉 
その試練を乗り越えてプロになるまでにかかる歳月は、平均8年といわれていて、稀に藤井二冠のように僅か4年でクリアするような人もいます。しかし私は10年かかってしまって、自分には才能がないからやめたほうがいいのではないかと思い悩んだことが何度もありました。

 〈山本〉 
それをどう乗り越えられたのですか。

 〈杉本〉 
師匠の板谷進先生から言われた、「あまり細かいことは気にするな。そのうちに勝てるようになるから」という言葉が支えでした。いま思うと、そんなに根拠があっておっしゃったことではない気がするんですが、それでもその板谷先生の言葉が救いとなって乗り切れたのかなと思っています。

考え続ける中で見えてくるもの

〈山本〉 
棋士の方は何時間も長考されることがありますが、あれは長く考えている間によい手が閃くわけですか。

 〈杉本〉 
人間が考え続けられる時間には限界があるようで、普通は1時間以上続けるともう考えが堂々巡りをしてしまって、結局導き出せる答えは一緒なんです。そういう時に、閃きを求めてちょっと席を外したり、何か飲み物を飲んだりして、長考に及ぶことは多いですね。

一手にどのくらい時間を使うかは本当に人それぞれですし、トータルの持ち時間は対局ごとに決まっていますから、読み切れなかったとしてもどこかで指し手を選ばなければなりません。

藤井二冠に関して言えば、彼は納得いくまで考えるタイプで、対局が始まった直後でも、考えたい局面だと思ったら時間の消費を惜しまず長考するんです。野球の先発ピッチャーは、後のことを考えてペース配分をしますよね。けれども藤井二冠は、1回の表から全力投球なんです。

それでいて、彼は9回まで投げ切るスタミナもある。将棋では、持ち時間を使い切ると一手を1分以内に指さなくてはならないのですが、彼はそうなってもほとんど読みを間違えることがありませんから、時間を気にして駆け引きに走ることはあまりないんです。

 〈山本〉 
杉本さんの場合、考え続ける中でこれまでご自分が指したことのないような絶妙の一手が閃くことは結構あるんですか。

 〈杉本〉 
閃きというのは、過去の自分の経験であったり、自分の内に持っているものをベースにしていることが多いので、全く新しい手を導き出せることは少ないですね。研究を重ねて編み出した手を、ここで指したら上手くいくかもしれない、と対局中に閃くことはあります。これは若い時よりも多いかもしれません。いまは弟子も多くて、若い人と頻繁に接することで違った発想が浮かぶことが多い気がしています。


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「一流」と「超一流」はどこが違うのか――
簡単には語り尽くせないプロフェッショナルの仕事、
生き方の流儀を語り合っていただきました!


(本記事は月刊『致知』2021年6月号 特集「汝の足下を掘れ そこに泉湧く」より一部抜粋・編集したものです)

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◇山本益博(やまもと・ますひろ)
昭和23年東京都生まれ。47年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版される。57年に『東京・味のグランプリ200』を出版して以来、日本で初めての「料理評論家」として活躍中。著書に『イチロー 勝利への10ヵ条』(静山社文庫)など多数。

◇杉本昌隆(すぎもと・まさたか)
昭和43年愛知県生まれ。昭和55年六級で故・板谷進九段に入門。平成2年四段に昇段しプロデビュー。平成31年八段。第77期順位戦で史上4位の年長記録となる50歳でのB級2組昇級を果たす。地元の東海研究会では幹事、また杉本昌隆将棋研究室を主宰。藤井聡太の師匠としても知られている。著書は専門書の他に『弟子・藤井聡太の学び方』(PHP研究所)など。

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