渋沢栄一に学ぶリーダーの条件 宮本洋一(清水建設会長) 渋澤 健(シブサワ・アンド・カンパニー代表)

渋沢栄一が創業や経営に関与した会社は実に約500社に上るという。ゼネコン大手の清水建設もその一社である。かつて先代の急逝で存亡の機に瀕した際、渋沢栄一を相談役として迎え、以後、道徳と経済の合一を旨とする「論語と算盤」の考え方を基に、事業発展を遂げてきた。清水建設会長の宮本洋一氏と渋沢栄一の玄孫である渋澤 健氏が語り合う、清水建設と渋沢栄一の交流の足跡、そこから見えてくる渋沢栄一の教えの真髄、いま私たちが学ぶべきこと――。

私たち一人ひとりが渋沢栄一の考え方に学んでいけば、きっと世の中はよくなっていくでしょうね

宮本洋一
清水建設会長


渋澤
 清水建設さんと渋沢栄一にはとても深い関係がありますよね。読者の方のためにその交流の足跡をお話しいただけますか?

宮本
 私どもは文化元(1804)年の創業で、初代清水喜助が富山から江戸へ出てきて21歳の時に神田鍛冶町に大工店を開いたことに端を発します。
 その後を継いだ二代目喜助は進取の気性があったようで、得意の社寺建築だけに留まらず、時代の変化を感じ取り、今後の主流が洋風建築になると見越し、開港場・横浜でその技術習得にいち早く取り組みました。日本の伝統的な建築技術を基礎に、和洋折衷様式の擬洋風建築を生み出し、日本の近代建築の先駆けとなる建物を完成させていきます。
 そういう中で、二代目喜助は三井家の守護神として崇敬されてきた三圍神社の内社殿建設を手掛け、これを機に三井組の大番頭・三野村利左衛門に認められると、以後、三井関連の建築を任されるようになるんです。

渋澤
 その代表作が三井組ハウス(後の第一国立銀行)ですね。

宮本
 そうです。第一国立銀行の初代総監役を務めた渋沢栄一は、「我が国における最初の、そして他に類のない銀行建築である」と述べ、二代目喜助の果敢な挑戦心と卓越した手腕を高く評価しています。加えて自らの住居の建設を依頼し、二代目喜助はその期待に応えるべく、大工棟梁としての才能を遺憾なく発揮して設計・施工に当たり、明治11(1878)年、深川福住町(現・江東区永代)に木造二階建ての邸宅が完成しました。
 後年、洋館の増築や二度の移築を経て青森県の古牧温泉で保存されていた建物を、幸いにも私どもが2019年に取得することができました。解体・収去工事と部材の修繕を行い、現在、江東区潮見に建設中の当社のイノベーションセンターの敷地内で、再築工事を進めているところです。

きょうよりも明日、明日よりも明後日と、常に現状に満足しない。それが『論語と算盤』の基本メッセージだと思います

渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー代表

渋澤
 ありがたいことに、おそらく渋沢栄一の家は世界で最も移動している家なんじゃないかと思います(笑)。これもひとえに清水建設さんのおかげです。

宮本
 昨年12月に表座敷の上棟式を行ったのですが、再築に当たっては当初の形に戻していこうということで、かつてあった庭の池なども復元する予定です。旧渋沢邸だけではなく、本館、研究施設、研修施設、歴史資料展示施設等を含め、2023年春の竣工を目指して取り組んでいます。

渋澤
 それは素晴らしいですね。楽しみにしております。
 ところで、二代目喜助は三野村利左衛門からの紹介で渋沢栄一と知り合ったようですが、二人の出逢いを考えると、おそらく第一国立銀行が開業した明治6(1873)年よりも前ですから、栄一が30~32歳くらいの時じゃないかと思います。パリから帰ってきて、徳川慶喜が隠居する静岡で日本初の株式会社・商法会所を設立し、大隈重信に口説かれて明治政府に仕えていた頃ですね。

宮本
 二代目喜助は渋沢栄一の人柄に惚れ込み、社業について相談したり助言を求めていたわけですが、実は二人は25歳も離れている。自分の子供くらいの年齢の栄一に対して、それだけ心酔していたということを考えると、栄一には人を惹きつける力があった、人から信頼されるだけのものを身につけていたのだと思います。

渋澤
 おっしゃる通りです。大河ドラマで渋沢栄一役を務めた吉沢亮さんのようなルックスじゃなかったのは確かですが(笑)、若い頃から人を惹きつける立派な人柄を持っていたのだと思います。

プロフィール

宮本洋一

みやもと・よういち─昭和22年東京都生まれ。46年東京大学工学部卒業後、清水建設入社。平成15年執行役員、17年常務執行役員、18年専務執行役員を経て、19年社長就任。28年会長就任。公益財団法人渋沢栄一記念財団理事を務める。

渋澤 健

しぶさわ・けん─昭和36年神奈川県生まれ。44年父親の転勤で渡米。テキサス大学卒業後、UCLAでMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックスなどでの勤務を経て、平成13年シブサワ・アンド・カンパニーを創業。20年コモンズ投信を設立。渋沢栄一の玄孫。著書に『渋沢栄一 人生を創る言葉50』(致知出版社)など多数。


編集後記

 渋沢栄一記念財団の理事として10年ほど前から交流のあるお二人。お互いにご多忙のため、なかなか予定が合わず、一時は今回の特集号に入れるのは難しいと断念しかけたものの、対談を楽しみにされているお二人の尽力により、何とか実現に至りました。
 印刷の締め切り5日前に対談取材が実施され、その翌日、丸一日かけて約1万字の対談原稿をまとめ、校正・レイアウトを行うという未だかつてないタイトなスケジュールでしたが、時間との鬩ぎ合いの中で熱と誠の限りを込めて仕上げました。「短時間で私たちの話を見事な対談録としてまとめられたこと、感服しております」と編集者冥利に尽きる言葉をいただき、感無量の思いです。
 清水建設が創業218年の歴史を紡ぐことができているのは、「論語と算盤」を経営理念よりも上位概念の基本理念に据え、近年では社是として掲げ、渋沢栄一が遺した教えを現場で日々実践し、積み重ねてきたからだといいます。創業精神をいかにして継承し、守成を成し遂げるか。この対談を通して、組織を導くリーダーのあるべき姿が見えてくるでしょう。

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