内憂外患の時、いま日本が果たすべき責任と使命 櫻井よしこ(国家基本問題研究所理事長) 中西輝政(京都大学名誉教授)

日本はいま、かつてない内憂外患の時代を迎えていると言っても過言ではない。ロシアのウクライナ侵攻によって、世界情勢は激変している。
この戦争に出口はあるか。戦争の最中にも虎視眈々と覇権を狙う中国はどう動くか。それらの危機に対処するために私たちが為すべきことは何か。
櫻井よしこ氏と中西輝政氏、二人の憂国の論客が語り合う日本興国への道筋――。

ロシア・ウクライナ戦争の今後の展開として四つのシナリオが考えられると私は予測しています

中西輝政
京都大学名誉教授

〈中西〉
 読者の方々が本号を手に取られる頃には事態がもっと進展していると思いますけれども、今後の展開として四つのシナリオが考えられると私は予測しています。

 第一は、早期に停戦合意が成立する。これはロシアの侵略責任を戦争犯罪として追及するという問題とは別に、とにかくまず停戦をして、ウクライナの一般市民に対するロシア軍の非人道的な軍事行動を一日も早く止める手段を講じなければなりません。

 ただ、停戦合意が結ばれたとしてもロシア軍は撤退しないでしょうから、一番うまくいって、紛争は泥沼化して停戦後の世界秩序も混迷の道を辿ることになるでしょう。

 第二は、一つ目のシナリオより実現可能性が少し高いけれども、最も起こってしまっては困るシナリオです。それは核戦争であり、あるいはNATOとロシアとの間で衝突が起こり第三次世界大戦へと発展する。

 いまのようにロシア軍のウクライナ戦線での作戦が進捗せず、敗北を繰り返す状況が続けば、戦術核(ミサイルの射程が500キロメートル以下のもの)から使用に踏み切る可能性は依然としてあります。

 第三に、これも起こってほしくないシナリオですが、ウクライナが屈服してしまうこと。いまウクライナ東部から南部にかけての領土を奪おうという狙いがロシア軍の軍事行動から見て取れますが、国際社会も核の脅しに屈してロシアによるウクライナ領土の併合を黙認してしまう。

 これも「全面核戦争」の脅しをかけられたらあり得ないことはないと思います。

 第四に、あえてもう一つ付け加えるとすれば、ロシアの敗北というシナリオですね。軍事的にロシアがウクライナとの一対一の戦争で敗北することは考えにくいのですが、ロシア国内でプーチン政権の足下がぐらつく可能性。
 これはもしかしたら私の希望的観測なのかもしれませんけれども、こういうシナリオもあると思います。

 何より大事なことは世界が終わってしまうような全面核戦争の危険を避けることです。そしてその全面核戦争の危険が、かつての米ソ冷戦時代のキューバ危機以上に、今回は非常に高い可能性を持っていることを忘れてはいけません。

私は今回の戦争について、日本が当事者だったらどうするだろうと考えながら比較して見ています

櫻井よしこ
国家基本問題研究所理事長

 私は今回の戦争について、日本が当事者だったらどうするだろうと考えながら比較して見ています。

 その観点で中西先生がおっしゃった四つのシナリオに関して申し上げると、ウクライナのゼレンスキー大統領も国民も屈服なんて全く以て考えていない、という印象を強く抱いているんですね。

 プーチン大統領は度々核を使うと脅していますが、ゼレンスキー大統領は周辺の国々に対して核攻撃に備えてくださいと警告こそ発したものの、だからといって自分たちが逃げるとか降伏するなどとは一切言わなかった。
 つまり核攻撃に対しても我われは戦うんだという姿勢を示しました。ですからウクライナの屈服はあり得ないだろうと思うんです。

 かといってプーチン大統領がロシアの敗北を受け入れるかと言うと、これは彼自身の終わりを意味しますから、おそらくそれもないでしょう。
 となると、やはりこのまま長期戦に持ち込まれてしまうか、核兵器の使用に踏み切るか。

 プーチン大統領が度々核の脅しを使うのは、戦況がロシアにとって不利であると自覚しているからでしょう。
 旧ソ連や東欧の社会主義国が結成したワルシャワ条約機構と西側諸国のNATOの軍事的な駆け引きを見ますと、かつてはNATOの軍事力はワルシャワ条約機構に比べて劣っていました。その時に核を配備しようとして動いたのが西側諸国でした。つまり軍事力が劣っているほうが新たに核を持ち出す構図があります。

 今回プーチン大統領が核の脅しを口にするのは、その構図が逆になっていることの現れです。ワルシャワ条約機構は既に存在しませんし、NATOの軍事力はロシアのそれと比べて圧倒的に勝っていますので、正規軍同士でぶつかり合えばロシアはひとたまりもないと思われます。

 そこに核兵器を持ち込むことで劣勢を挽回しようとする狙いが見て取れます。こうしたことから、プーチン大統領が核を使う可能性は高いと見る研究者たちがいますけれども、私もその見方は十分に根拠があると思います。

 いま人類は本当に恐ろしい時代に入っています。だからこそ核兵器も含め軍事力をどのように管理していくのか、抑止力をどのように働かせるべきなのか。そういう問題をきちんと理解しておかないと、今後戦争を抑止することは難しいだろうと感じています。

プロフィール

櫻井よしこ

さくらい・よしこ―ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年「国家基本問題研究所」を設立し、理事長に就任。23年日本再生に向けた精力的な言論活動が評価され、第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。最新刊に『ハト派の嘘』(高市早苗氏との共著/産経新聞出版)。

中西輝政

なかにし・てるまさ―昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)『アメリカ外交の魂』(文藝春秋)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)など多数。近刊に『覇権からみた世界史の教訓』(PHP文庫)。


編集後記

本誌ではお馴染みになりつつある櫻井よしこさんと中西輝政さんの憂国対談。2月末に勃発したロシアのウクライナ侵攻は未だに終結していません。この戦争の今後の四つのシナリオや経済界に求められる意識、憲法改正の必然性など、お二人の鋭い洞察に見識や大局観が養われます。

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